名古屋高等裁判所金沢支部 昭和40年(う)134号 判決 1967年3月25日
被告人 永田康雄
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金二、〇〇〇円に処する。
被告人において右罰金を完納できないときは、一日を五〇〇円に換算した期間被告人を労役場に留置する。
原審及び当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人梨木作次郎、同豊田誠、同吉田隆行共同名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意第一点について
所論は要するに、刑法二六〇条、二六一条の損壊とは物の本来的効用を害する行為をいうものであり、その判断には一時的軽微な侵害であるか否かが重要な基準となるが、原判示第一事実の各硝子戸は仕切をもつてその本来の効用とするもの、原判示第二事実の建物は車庫及び物置きをもつてその本来の効用とするものであるから、これ等にビラを貼つた本件所為は未だ物の本来の効用を害したものとは言えない、仮りにその効用を害したとしても、容易に剥がしとり原状に復したものであるから、その効用侵害は軽微一時的なものに過ぎず、結局物の効用を害さなかつたことに帰するので、本件被告人の所為は器物損壊罪、建造物損壊罪の各構成要件を欠くのに、これに対し右各罪の成立を認めた原判決は事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つたもので破棄を免れないというにある。
よつて案ずるに、刑法二六〇条、二六一条の損壊とは客体物の本来の効用を失わせる行為をいうものであるが、その効用中には美観も含まれ、所論のいう侵害が一時的軽微のものであるか否かは、その判断をするための一基準となるものであると解する。
そこで、司法警察員の昭和三八年六月三日付実況見分調書によれば本件器物として起訴された硝子戸七枚の中、物置きの硝子戸一枚は本件建物の柱に蝶番をもつて取りつけられた扉であり、その取り外しも自在なものではないことが認められるので、本件建物の一部とみるのが相当であるから、同硝子扉については後述することとし、その余の硝子戸六枚について検討すると、右実況見分調書、司法警察員作成の同月二日付実況見分調書、証人加藤千枝子に対する原審裁判所の尋問調書を綜合すれば、右各硝子戸は車庫の部分と事務室兼休憩室又は運転手宿直室とを区切るために使用されていると共に、同室内の採光をもその目的としているものであることが認められ、その美観については後述の如く本件建造物の美観上の効用が軽度のものと認められることに鑑み、それに附属せられた本件各硝子戸の果す美観上の効用も軽度なものであるというべきであるから、本件各硝子戸の主要な効用は仕切りと採光であると認めるのが相当であるところ、本件ビラ貼りによつては仕切りの効用については何等の消長が無かつたことが認められるが、採光の効用については、透光度の少い藁半紙の上に墨汁等で文字等を記載したビラを右各硝子戸の車庫側半面の殆んど全面に貼り詰めたため、昼間でも室内で新聞記事が読み難い程度に採光が著しく妨げられたことが認められ、右ビラはその日の中に使用者側において剥ぎとつたが、何れもビラの裏面全面に糊を塗つて貼つたものであつたため、後述の建物に対するビラをも含め、三、四名の者が約二時間余を費したが未だ充分な剥ぎとりが出来なかつた程度の付着状況であつたことが認められるので、その侵害は一時的軽微なものとはいい難く、本件の程度の方法で、その程度に密集して多数のビラを貼付した行為は右各硝子戸の本来の効用の一つである採光機能を害したものと認めるのが相当である。従つて原判示第一の所為中前記硝子戸六枚については器物損壊罪の成立を認めた原判決は、右の範囲内においては結局相当であり、その限りにおいて所論は採用し難い。
次に本件建造物(前記物置きに取りつけられた硝子扉一枚をも含める)についてみると、前記司法警察員作成の実況見分調書二通並びに原審の検証調書を綜合すれば、本件建物は荒物商蓑輪佐市所有の薪炭倉庫の東側に庇をおろした木造平屋建トタン葺で、その庇内の北側の一部を仕切り、事務室兼運転手休憩室並びに物置きとし、前記倉庫に続いた部分に中二階を設け、これを運転者の宿直室とし、その余の部分は車庫として使用しているもので、同建物の建材は、古建築物の廃材を主とし、柱、梁、桁等には、以前に建築材として使われた際のものと推認される貫穴、ほぞ穴等が多数見受けられ、これ等の穴には埋込み、又は化粧張り等による補修又は隠蔽等の措置は全くとられておらず、土壁の部分は荒壁で、割れ目が壁面全休に亘り無数にみられ、その片側は柱との間に可成りの隙間や剥落部分がそのままになつており、板壁の一部はベニヤ壁等を打ちつけたもので、車庫の部分には天井板も無く、梁、垂木等が露出し、事務室前には鋸も使わず明らかに折り切つたと思われる板が打ちつけられており、容易に見える屋根裏の一部には竹竿が多数渡されており、車庫内部の奥の壁際の南半分には、竹箒等の雑貨品が多量に積み重ねられ、その上には針金、藁繩の巻いたものや、桟俵等が無雑作に載せられてあり、北半分には木製長椅子が置かれているが、その上には洗濯用たらいが載せられ、その下には石や菰その他の物が雑然と置かれ、車庫内の屋根裏の前記垂木や梁等には蜘蛛の巣が無数にかかり、それに埃がついたままになつており、ベニヤ板壁の一部には、本件以前に労組員によつて貼られたと推認される文字記載部分の大部分をはぎとつた大型の白紙や新聞紙の一部がそのまま残つていたことが夫々認められ、証人加藤千枝子の原審裁判所に対する尋問調書中の同建物内の事務室は同証人等が一人で勤務し、客よりの電話を受けて配車する為め等に使われている旨の供述とを綜合すると、本件建物の主要な効用は車の格納場所並びに電話による配車の注文を受ける場所、運転手の休息場所として実用的に利用することにあり、その美観又は威容等については殆んど注意が払われておらず、本件建物の効用中美観や威容の占める比率は微々たるものであると認めるのが相当であるから、本件建物についての損壊罪の成否は車庫又は電話連絡所等としての実用的効用を減損せしめたか否かが、その重要な判断基準になるというべきであるが、本件ビラは専ら右車庫の部分に貼られたもので、その貼付によつては、未だ本件建物の有する車の格納、電話連絡、運転手の休息場所としての実用的な効用には減損が無かつたと認められ、美観上の効用の面からみると、それなりに或程度の汚損は免れなかつたけれども、本件建物の美観乃至威容についての効用が微々たるものであること並びに軽犯罪法一条三三号の存在、建造物損壊罪の刑が器物損壊罪の刑と比較してその下限が著しく高いことの法意等を考え併せると、本件の程度のビラ貼り行為による本件建物の効用侵害は、未だ軽犯罪法違反の程度であり、建造物損壊罪の構成要件を充足するまでには達していないものとみるのを相当と解する。
したがつて、原判決はこの点において、結局事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤つたものというべきである。
控訴趣意第二点について
所論は要するに、ビラ貼り行為は、元来労働組合の重要な中核的教宣活動の一つで、労働者の要求の正しさを組合員や大衆に訴える唯一の手段であり、これを企業施設に対して貼付することは常態で、そのことは労働組合員や一般市民の認めているところであり、本件においては会社側は組合誹謗、組合員に対する出勤停止、解雇予告等の強硬手段を用い、酒食を饗応して組合を脱退させようとする不当労働行為を行い、福井地方裁判所の賃金支払等の仮処分命令にも従わず、組合との団体交渉にも応じない等の違法不当の限りを尽した、かかる会社側の攻撃に対してなされた本件ビラ貼りは、そのビラの中に若干個人攻撃や侮辱に渉るものが混入していたとしても、使用者の態度との均衡上微々たるもので本件ビラ貼りは正当な争議行為として、その違法性を阻却するものであるのに拘らず、これに違法性を肯定した原判決は事実を誤認し、法令の適用を誤つたものであると主張するにある。
よつて案ずるに、ビラ貼り行為は労働組合の教宣活動の一方法ではあるが、それは対象物を汚損する等をし、所謂財産権の侵害を招来する性質の行為であるから、労働組合員による企業施設に対するビラ貼りであつても、自らの所有又は管理する以外の対象物には、その対象物の所有者或は管理者の明示若しくは黙示の承認、又は、許容されている慣行がなくして、みだりにビラを貼ることは許されないものと解する。
又、労働組合の正当な争議行為として合法とされる範囲は原則として同盟罷業その他労働力の集団的停止の範囲を超えない所謂消極的、不作為的性質のものに限られ、仮りに使用者側に不正、不当があつたとしても、これに対し正当防衛、緊急避難等の成立する場合を除いては、団体交渉等によりこれを是正するか、労働法上、司法上の手段によつて、その是正や制裁を求めるべきであり、前叙の消極的、不作為的性質の範囲を超えてみだりに刑罰法規に該当する積極的加害行為による攻撃的又は自力救済的実力行動に訴えることは一般的には許されないものと解する。
本件については原審公判調書中の証人若林新次郎(第四回公判)、同加藤舜二(第六回公判)、同橋瓜暁(第九回公判)水井義信(第一〇回公判)の各供述を綜合すると、本件ビラ貼り迄の間において、使用者側は、争議後半に至つては同会社労働組合との団体交渉を拒否し、同組合員等に対し出勤停止、解雇予告の通知をなし、福井地方裁判所の賃金支払仮処分命令に対しても必ずしもその命令の趣旨に従がつた賃金の提供をしたとは認め難い等、その態度は強硬にして、且つ常識を逸脱していたことを窺わしめるものがあつたことは認められるが、本件記録を精査しても、本件ビラ貼りについては対象物の管理者である使用者側の明示若しくは黙示の承認を得たことも、又同会社にはかかる多数のビラを貼ることについての慣行があつたことも認められず、本件ビラ貼りは前記実況見分調書並びに証人加藤千枝子に対する前記尋問調書によつても明らかな如く、外部から一見して見える本件建物並びに硝子戸の殆んど全面に亘る、必要以上の多数のビラを、容易に剥ぎとれない方法で貼り詰め、且つそれ等のビラの記載内容の大部分は、団体交渉とは直接関連の無い個人的誹謗や嫌がらせに渉るものであることに鑑みると、その枚数、貼付方法、記載内容共に労働組合の教宣活動の面からみても、その適当な範囲を遙かに超えたものであると共に、本件の程度に至つたビラ貼り行為は、その手段において消極的、不作為的性質を超えた積極的加害行為であるというべきであり、本件においてはそれが例え前記認定の使用者側の態度に対抗して行われたものであつたとしても、かかる実力行動に訴えることは使用者側の措置を是正又は制裁するための緊急已むを得ない正当な手段であつたとは認め難いので、被告人の本件所為は労働組合法一条二項の正当性の限界を超えた違法なものであると思料する。従つて所論は採用し難い。
控訴趣意第三点について
所論は要するに、原判決はその判示第一事実に対し暴力行為等処罰に関する法律一条一項を適用したが、本件が仮りに刑法二六一条の構成要件に該当するとしても、固より労働運動は集団の威力を背景とするものであることは憲法上保障されているところであるから、集団性を除外して、単純なる器物損壊罪に問擬すべきであるのに、これを加重罪である暴力行為等処罰に関する法律違反罪を構成するものとした原判決は法令の適用を誤つたもので破棄を免れないというにある。
しかしながら憲法が労働者の団結権乃至団体交渉権を保障するのは、その正当な行為を対象とするものであり、その団体が違法な行為をなすに至つた場合までも、これを保障するものでは無いから、その団体員がなした所為が暴力行為等処罰に関する法律違反罪の構成要件を充足するに至つた場合には、同罪に問擬するのが相当であると解するので所論は採用できない。
したがつて原判示第二事実についての論旨は理由があるので刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決の全部を破棄し、同法四〇〇条但書により、当審において更に判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は本店鯖江市西鯖江町所在の相互タクシー株式会社に自動車運転手として雇われ、昭和三八年三月六日、同会社の従業員をもつて相互タクシー労働組合が結成された後は、その執行委員長として、同会社に対し他の組合員と共に労働条件改善等の要求を掲げて団体交渉を重ねていたが、右交渉が妥結しないため、同月二五日頃以降争議状態にあつたところ、同組合員服部斎、橋瓜暁、高島与一、熊野良弘、寺下信雄、加藤昭雄及び田中忠信と共謀の上、右争議の闘争手段として同会社神明営業所屋舎にビラを貼ることを企て、同年六月二日午後二時過頃より同三時頃までの間、鯖江市三六町第二号三番地所在の相互タクシー株式会社神明営業所において、
一、右七名と共同して同営業所の事務室兼休憩室の硝子戸四本並びに中二階の硝子戸二本に藁半紙に「市会議員を道楽でやつているという社長には世論も聞えぬだろう」、「地獄よりの使者加藤家へ来る」などと墨書したビラ三二枚を洗濯月糊で貼りつけ、著しく採光を妨げて右硝子戸の効用を失わしめ、以て同会社所有の右硝子戸六本を損壊し、
二、同営業所建物の板壁、柱、桁等に藁半紙を用い「加藤チヤン早く死げ」「タクシーでもうけてブタのように大きくなつた、近い日に高血圧で死ぬぞ、バチ見され」等と墨書したビラ七一枚を洗濯用糊で貼りつけ、以つてみだりに他人の家屋に貼り紙をし
たものである。
(証拠の標目)
原判決の記載と同一である。
(法令の適用)
被告人の判示一の所為は暴力行為等処罰に関する法律(昭和三九年法律一一四号による改正前のものである、同改正法附則二項により改正法施行前の行為に対する罰則の適用についてはなお従前の例によるとされる)一条一項、刑法二六一条、罰金等臨時措置法三条一項二号、二条一項に、判示二の所為は刑法六〇条、軽犯罪法一条三三号、罰金等臨時措置法二条二項に各該当するところ、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い暴力行為等処罰に関する法律違反罪の刑で処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、本件犯行は前叙の如く使用者側の常識を逸脱したことを窺わしめる強硬な手段に対抗して行われたもので同情すべき事情のあることを考慮し、所定金額の範囲内において、被告人を罰金二、〇〇〇円に処する。
右罰金を完納することが出来ないときは、刑法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審並びに当審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 小山市次 斎藤寿 河合長志)